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鉄道のない田舎の出先と、腐敗した臭い通勤道路!

元熊本県職員の勤務経験ある菊池・阿蘇市内牧・山鹿。
グーグルアースやストリートビューで閲覧すると、
ショッキングな事実が判明します。
よく場所を説明する時「最寄りの駅から何分」との表現がありますが、
実は「最寄りの駅」が存在しないのです。
それ以前に、菊池や山鹿は鉄道すらないです。
阿蘇市内牧旧阿蘇保健所は、
豊肥本線内牧駅又は阿蘇駅から数キロ離れた場所。
歩くと1時間以上かかり「最寄りの駅」でない。
最初の赴任地菊池市と、山鹿保健所の山鹿市は、
昭和の時代は私鉄があったが廃止。
平成以降は路線バスのみ。
3か所とも高速道路から遠く、
交通の不便な田舎出先です。
「熊本県水道普及率88%全国最下位」
「山鹿市65%」の件ですが、
熊本県内の人々、ほとんどイヤ全然知らないハズです!
ナンでかというと、
熊本県庁自体全然公式発表していないのは、もちろん!
熊本日日新聞社は、朝刊にて記事にしてくれず、
地元放送局は、TKUやRRK他全然報道しないから!
「田舎農村は、空気がキレイでおいしい。」
それは、田舎に住んだことがない都会の人の言葉。
菊池・阿蘇内牧・山鹿に合計13年半通勤した者として、
結論から言えば、牛フン馬フン鶏フンなど、とても悪臭の道を通勤します。
だから、田舎に通勤する車内は、窓を閉め切って内気循環にするべきです。
令和5年9月29日は、令和5年度上半期最後の出勤日。
そこで、全国各地の地域振興局にて、ある出来事が?
本来は9月30日付にてリストラ離職となる職員が多数存在すると推定されます。
しかし30日が土曜のため、1日前の29日、
局長室にて葬儀を行う地域振興局が多いかと予想されます。
熊本市から山鹿阿蘇内牧菊池方面に、窓開けて走行すると、
リストラ対象として田舎に左遷された理由が、実感できます。
農業廃棄物排泄物の発酵というより腐敗した、
地獄の黙示録みたいな「死のロード」。
田舎に懲罰人事として配置され、
毎日通勤させられた挙句、クビになったことが理解できます。
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水道もロクに普及していない田舎の出先に左遷!

令和5年9月21日熊本日日新聞報道
「小学校給食の米飯にゴキブリ、ナメクジ混入。熊本県山鹿市の鹿本給食センターで調理。」
ナンと、あのオンボロ庁舎山鹿保健所管内にて、
危うく集団食中毒の恐れあった大事件が発生したのです!
原因は、築50年の老朽化した不衛生な施設にあったとさ!
熊本県の山鹿市教育委員会によると、
「米飯を洗う工程で混入した可能性」
「侵入路の排水管や搬出入口の改修を検討」
だとさ。
保健所が毎年管内の各事業所、保健衛生の現地指導を行うハズだが。
あっそうか!
山鹿保健所の建物自体、老朽化して腐乱臭の冷暖房他不衛生を放置してたから仕方ないか!
どうやら偉い人は、田舎の建物を訪問しないのです。
阿蘇保健所4年間、山鹿保健所6年半、
熊本県庁本庁からは、いつも担当者だけか、偉い人といえば本庁係長(主幹)参事です。
県知事以下課長級以上の管理職、県会議員他は一度も訪問した記憶はないです。
だから、偉い人は現地を知らないのです。
「○○保健所に、国が立入調査。」とかの報道、
見たことないですよね?
田舎の出先には、国の偉い人が訪問しない法則あるのです。
保健所から見て厚生労働省とか国の役人、国会議員とか?
元熊本県職員が15年半の県職員時代、一度も訪問された記憶がないです。
国は保健所の現場を知らないハズ!
山鹿保健所を「田舎の出先に左遷」とカキコしたけど
水道もロクに普及していないほど田舎なのです。
ナンと令和2年3月31日現在の水道普及率は、
熊本県全国最下位の88%山鹿市65%ナンです。
https://pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/155802.pdf
熊本県特に鹿本地域振興局管内は、
水道対策を手抜きしているワケです。
元熊本県職員の山鹿保健所勤務していた平成10年頃、
確か旧鹿本町は水道普及率8%など、
ほとんど普及していない地域すらあった。
あれから20年位あまり改善していないのにガッカリした。
ロクに仕事出来ないから、
こんな田舎の閑職に左遷されて、
平成14年9月末リストラ離職したワケです。

平成14年9月30日熊本県職員リストラ退職の実体験2

平成14年9月30日リストラ退職について、
続きを説明します。
10日間自宅待機後、9月下旬退職届を提出する際、
熊本県庁人事課としては、
最後の言葉として「遺言」を提出させます。
自分が新規採用されてから過去の思い出、自分の希望や後悔など思う存分書かせて、数枚のレポートにします。
リストラ退職までの時間は、まるで臨死体験みたいでした。
消える前のローソクが、とても光り輝くように、
特に自宅待機後最後10日位は、猛烈に忙しかったです。
9月になると、それまで干されていたのが、突然重要な担当業務を言い渡されます。
また企画のミーティングにも参加させてもらえます。
特に最後10日位は、猛烈に忙しい。
山鹿保健所総務企画課6年半近くになって、
初めて午後8時以降まで連日残業することになる。
新しい担当業務も加わり、午後10時近くまで残業する日もあった。
ナゼか従来担当業務の申請が多い。
まるで担当者が辞める直前間に合うよう慌てているかのように。
また最後の日曜、山鹿保健所にて初めて休日出勤した。
阿蘇保健所の時災害待機の為出勤して以来。
それが変な理由で、システム変更都合上、総務企画課全員待機して欲しいとかで?
熊本県庁としては、長い間残業させないなど干されていたから、
最後だけは、残業させても良いとの人情だったらしい。
熊本県庁本庁勤務を夢見たけど、一度も実現することなく退職することになった職員です。
そこで退職届提出後、熊本県庁人事課から呼び出します。
つまり最後の時期、念願だった本庁舎内の建物内にて見物できる機会を与えられます。
これで、県職員時代としては、熊本県庁本庁舎見納めとなります。
熊本県庁本庁には副部長と同行します
人事課会議室内で、お別れの挨拶をします。
人事課からは「お疲れ様でした。」と、
これまでのヒヤリングとは一変、
柔和な明るい表情で、穏便に応対します。
「現世は、これで終わりだけど、来世では本庁で仕事できるよう頑張ろう!」
と心の中で誓いました。

熊本県庁本庁に栄転できない理由は「発達障害」?

1987年(昭和62年)4月菊池総合庁舎にて、 大卒上級職は8名配属されました。
その内6名は行政職事務職です。
他の5名は3~4年後熊本県庁本庁に栄転、
2023年度現在皆管理職で活躍中。
元熊本県職員だけが熊本土木事務所に左遷されました。 当時熊本市東町2階建ての狭い建物でした。
熊本県庁本庁に栄転と、出先への左遷、
明暗を分けたのは?
やはり人間性の差です。
他の5名は、社交的な性格で行動派明朗快活な人間性!
だから、安心して熊本県庁本庁の仕事を任せられるのです!
元熊本県職員は、発達障害自閉症スペクトラムみたいな内向的な性格なので、任せられなかったのです。
長い間元熊本県職員は、悩み苦しんでいた。
「どうして、自分みたいな善良な人間を、熊本県庁本庁に配属してくれなかったのだろうか?」と。
還暦を迎えても、どうしても謎を解明したかった。
そして、ついに原因究明のヒントを見つけました。
「発達障害自閉症スペクトラム症みたいな内向的な性格」
元熊本県職員、熊本県庁本庁に栄転されなかった理由!
結論から申し上げますと、
「発達障害自閉症スペクトラムみたいな内向的な性格」
だからです。
昭和62年4月新規採用後、
菊池総合庁舎福祉事務所に赴任されました。
そこで3年間の仕事がダメだから、
熊本県庁本庁に栄転が見送られたのです。
菊池福祉事務所3年間さっそく
発達障害~内向的な性格によるダメぶりが露呈された。
仕事で悩んでも、直ぐに上司や先輩同僚に相談しようとせず、
「今日は決心できない明日話をしよう。」というような感じで、どんどん先延ばしにして、
何か月も手を付けず、危うく放置失念ミスの恐れが多数あった。
「発達障害~」と、それが起因とする
元熊本県職員仕事のダメぶり。
つまり
もし元熊本県職員を熊本県庁本庁に配属したなら、
明らかに膨大な仕事を、
放置失念ミスの危険がある他、
他職員や外部の人々とのトラブル恐れが予測されます。
つまり本庁に栄転するには、
危険人物と判断されたワケです。

発達障害自閉スペクトラム症​(ASD)と熊本県庁本庁!

元熊本県職員が出世コースから外され、リストラ退職となった理由は?
結論から申し上げますと、「発達障害自閉症みたいな内向的な性格」にあるのです。
自分から話しかけるのが苦手、うまく会話できない、みんなの輪に入っていかない。
これではリーダーになって職員の指導管理は、不可能だからです。
元熊本県職員現職の頃、
昭和60年代~平成10年代前半、
まだ「発達障害」の言葉は出回っていなかった。
最近「発達障害」をネット検索すると、
自閉スペクトラム症​(ASD)を見つけました。
よく読むと「まるで自分の事書いているジャン。」と。
不思議なほど元熊本県職員の人間性と一致します。
まず最初に発達障害の自閉スペクトラム症​(ASD)の解説を良く読みます。
そして、この症状を持つ人が、
熊本県職員として仕事する状況を想像します。
なぜ熊本県庁本庁に栄転できないのか?
田舎の出先閑職に左遷されたのか?
外回りでなく内勤、出世は主任主事止まり他、次々と謎が解けてきます。
自閉スペクトラム症(ASD)の症状。
「空気読めない」「コミュ障」「職場で孤立」
「仕事を直ぐに対応できない」「興味の狭さ」
「特定のモノにこだわる」「悩みを抱え込む」など。
これ皆元熊本県職員のことなのです。
こんな人、県庁本庁で仕事して大丈夫ですか?
誰が考えても、危ないですよね?
内向的な性格の人間が苦手なこと、それは
「他人に話しかけること」です。
「わからないことがあったら、すぐ聞いてみる。」
ただ、それだけで良いのです。
デモ内向的な性格の人間、特に
発達障害自閉症スペクトラム症ASDみたいな性格は、
それが極端で、話しかけるだけのことに
物凄く悩むのです。
仕事する上で困ったことがあっても、
誰にも相談できない内向的な性格は致命的です。
世の中事務職の仕事は、次々に仕事が舞い込みます。
なのに誰にも相談できず仕事をため込んで、
気が付いたら、長い間放置して失念して、大問題です。
だから、発達障害みたいな内向的な性格は、使えないのです。
熊本県庁本庁は、山ほど仕事が次々と舞い込んで、
猛烈に忙しいらしいのです。
たとえ土日の深夜でも、県庁本庁の半分位は電灯で輝いているように。
(自分では、体験したことないけど。)
発達障害自閉症みたいな内向的な性格の人間が、
県庁本庁に配属されない理由、
誰にも、わかりますよね。

マスコミが取材報道しない公務員のリストラと田舎の出先!

元熊本県職員のカキコ、
それは、「公務員のリストラ離職情報」。
熊本県庁は、もちろん、
この世のマスコミ、つまり、新聞社テレビ局雑誌でも、
決して報じられなかった、秘伝の情報であるのです。
熊本県庁自身は、もちろん隠蔽工作しますが、
マスコミは、決して報道しない、
タブーの情報です。
マスコミは、決して報道しませんが、
真実は、多くの地方公務員が、
コッソリと、田舎の閑職に左遷され、
わずかの人々に寂しく見送られ、
職場を去っていく現実があるのです。
今現在も、全各地の田舎の出先にて、
9月30日付にて「命日」を待っている、
リストラ対象の地方公務員が大勢います。
マスコミは、公務員のリストラについて、
全然取材しません。
熊本日日新聞社の「くまにちコム」とか、
NHK他テレビ局新聞社出版社など各マスコミにメール送っても、
取材どころか、返信電話すらないなど完全に無視されました。
だから自分で、SNSなどネットにて、真実を発信するしかないです。
ここだけの話ですが、
熊本日日新聞社他マスコミが、
熊本県行政について報道する場合、
熊本県庁本庁にだけ取材して記事にするのです。
例えば、山鹿保健所に6年半在籍したけど、一度もマスコミが取材のため直接訪問された経験はないです。
マスコミは、本当は直接出先現地を取材しないのです。
最近熊本県庁のタクシー券騒動が、報道されています。
公益通報で発覚したけど、うらやましいニュースです。
なぜなら、マスコミとかが反応して、熊本県庁を行動させたから。
元熊本県職員が公益通報として、官公庁やマスコミ、
政党やオンブズマンとかにメール送っても、全然相手にされないのに。
マスコミは、熊本県庁出先について、
阿蘇や山鹿保健所のような、劣悪な建物の実態、
本当は知らないハズです。
コロナ対策などで、田舎の保健所について、
直接現地に行っていない。
熊本県庁本庁健康福祉部とかにて、
本庁担当職員に取材して、その間接的に入手した情報を記事にしてるのでは?
保健所とは、直接コロナ対策などを担当して、
活動する場所なのです。
本当に良識のある人間なら、
こんな老朽化した狭い汚い臭い劣悪な建物を、
直接訪問して見学していたなら、
何とか改善するべきと考えるハズです。
「直接訪問していないから、実態を知らない。」
これがマスコミの現実です。

平成14年9月30日熊本県職員リストラ退職の実体験!

リストラ予定日が9月30日の場合、
(本人には知らせない)
6月下旬から、ヒヤリングが行われます。
最初地域振興局局長室に呼ばれ、以後10回近く局次長と部副部長から説明されます。
さらに県庁本庁人事課に2回呼ばれます。
9月中旬10日間自宅待機を命じられます。
(出勤日は年休対応)
ヒヤリングにて、本庁人事課や所属長も、決して「辞めてくれ」と直接言わないです。
それを言うと後で問題になるから。
そこで遠回しに何となく自分から退職届を出すように、長い間説得し続け誘導します。
最後10日間自宅待機の意味は、じっくりと退職する心の準備を考えさせる期間みたいです。
つまり、田舎の閑職に左遷され6年以上、憧れの熊本県庁本庁どころか、異動すらできず抜け出さない。
大卒なのに主任主事止まり同期との差は広がる一方、高卒の後輩が参事と、後輩からも出世で追い抜かれる。
仕事を干され飼い殺しの状態が永遠に続き、このまま県職員出来ても、生き恥をさらすだけ。
結局、もう県職員でいるのがイヤな方向に心を傾けさせるのです。
そして、熊本県庁本庁への夢を断念して、断腸の思いで県職員生活を打ち切り、第二の人生へと心を転換させる。
熊本県庁としては、このようにしてリストラ対象の職員を、
いよいよ自分から退職届を出させるよう、仕向けるワケです。
10日間自宅待機後9月20日頃、
いよいよ退職届を提出することになります。
退職届の特に県指定の文書様式は、ありません。
だから所属長に相談したら、自分の机にあるパソコンにて、ネット検索しました。
そこで適当に退職届テンプレートを見つけ、代用して作成、記名捺印して提出しました。
9月22日から24日にかけて、
地域振興局局長室に退職届提出します。
次に熊本県庁本庁人事課へ副部長と一緒に、
別れの挨拶に行きます。
そこで、人事担当者から退職金など、今後の件について説明があります。
一週間後の9月30日、
地域振興局局長室で、辞令交付され、
正式に退職となります。

熊本県職員リストラされ最期の日解説!

元熊本県職員の場合、阿蘇保健所4年山鹿保健所6年半。
大卒事務職上級職が保健所異動、
つまり「死の宣告」されてから10年半後。
平成14年9月30日が離職日。
県職員としての「命日」となりました。
30歳代最後の年でした。
40歳の誕生日を県職員として迎えることができませんでした。
結論から言えば、9月30日午後1時に鹿本地域振興局局長室に呼ばれます。
そこで県職員としての「葬儀」が行われます。
局長から「願により、退職を承認します。」との文章が読まれ、辞令書を交付されます。
立会人と説明は、局次長と保健福祉環境部副部長が行います。
詳しくは後でカキコします。
鹿本総合庁舎の局長室内で、「葬儀」が行われた後、
鹿本総合庁舎内にて、鹿本福祉環境部副部長と同行して、各部課に別れの挨拶回りします。
そして、山鹿保健所に戻り退職に伴う事務手続きをします。
そして午後5時、山鹿保健所=鹿本地域振興局保健福祉内の全職員を集めて、お別れの挨拶します。
平成14年9月30日、
以上の全手続きを終えて、
ダメ熊本県職員の葬儀を終えて、
熊本県庁以下熊本県行政から、
元熊本県職員は消されたのです。
こんなこと、新聞社やテレビ局など報道するワケないですよね。
でもネットの時代にて、初めて世の中の人々に、県職員のリストラを紹介できたのです。
田舎の出先の場合、大卒上級職事務職平職員の場合だけが左遷閑職先を意味するのです。
他は所属長以下技術職員事務職役職者は勿論、高卒初級職の職員でさえ高度な仕事を任せられています。
大卒ヒラ主事級は田舎出先に左遷された段階で、実質上級職は消滅、事実上臨時職員以下の存在に陥落します。
閑職に左遷されたことで、年間9時間しか残業させてもらえないなど、最後10年半干されました。
デモよく考えると、ブラック職場とは反対の職場ですよね。
深夜残業や休日出勤も全然なく、1日中職場にいて、軽作業と雑用ばかりの気楽な仕事内容です。
だから、楽な職場で居心地は良かったです。
ただ世の中人手不足の業界サービス残業など、
一生懸命夜遅くまで休日出勤しても頑張って仕事している人々が多いのです。
なのに、自分の仕事がだらしないバカりに、
楽な職場に左遷されて、干されて、
毎日早く帰宅させられるのが、
世の中の人々に対して、自分の良心が痛み、
申し訳なかったです。

田舎の閑職に左遷は「死の宣告」!

元熊本県職員のカキコは、世界唯一史上初めて、日本地方公務員の失敗を紹介した貴重なカキコです。
エリートコースを外れ、田舎の左遷閑職のミジメな実態を経験した挙句、依願退職。
肉体労働系の契約社員へと転落の人生。
マスコミは決して報道しない、インターネットの時代だから紹介できるのです。
世の中の地方公務員上級職イメージ
大卒上級職の誰でもエリートコースとして、自動的に県庁マンとして順調に出世する。
実は、「誰でも」が「県庁マン」でないのです。
途中で脱落して主任主事で出世が止まる者もアリ。
田舎の狭い平屋2階建ての出先閑職に左遷される。
この事実は全然知られてない。
田舎の閑職に左遷されるのは、リストラ対象だから。
山鹿保健所=鹿本地域振興局保健福祉環境部総務企画課
平成9年~11年は年間9時間位(注:週間ではない)しか残業させてもらえなかった。
4月~9月は、日の出日の入りが遅い西日本だから、熊本市内の自宅まで、明るいうちに帰宅できた。
毎年8月9月頃、熊本県職員の場合、
異動希望に伴う各職員からの異動調書と、
それに関する所属長のヒヤリングがあります。
そこで左遷閑職された職員としては、
当然本庁希望を異動調書に記入します。
デモ
結論から言えば、所属長から数回のヒヤリングの末
強制的に左遷閑職先に残留させられます。
田舎の閑職に左遷された職員の場合、
異動希望のヒヤリングにて、所属長から正直に「死の宣告」が告げれます。
「君は、人事課での評判は決して良くないからね。」
「その評価の積み重ねが、ここの(左遷閑職先の)配属になったのだよ。」
つまり、ダメ職員だから、田舎の閑職に左遷と宣告されます。
率直に言えば、地方公務員に限らず、
田舎の閑職に左遷されれば、
事実上「死の宣告」です。
不治の病にて「余命何か月」と宣告されたみたいに。
どのような手段を用いて、どこに救済を求めても、
もう逃れることが出来ません。
これは、人生の運命だから仕方ないと、
あきらめるしかないのです。
「自分は、県庁をクビになろうとしている。」
「イヤ、本当は憧れの県庁本庁にて、仕事したい。」
だから、首相官邸や中央官庁、マスコミとか、どこに救済を求めてメール送っても全然相手にされません。
それ以前に、身内や近所の人々でさえ知らぬフリ。
世の中から完全に「死の宣告」なのです。
プロフィール

FC2USER735598UMI

Author:FC2USER735598UMI
自己紹介:「社会保険」に加入した「労務者」のブログ!
このブログは、国家資格社会保険労務士受験及び開業会員という名目で、約7年半ニートでひきこもりであった人間が、ようやく社会復帰して社会参加できるようになった実体験に基づくブログです。

資格予備校や社労士会など、資格商法業者によるポジティブな宣伝文句に踊らされ、
社会保険労務士試験や、合格登録しようとする人々が多いです。
結局、実際に受験、合格登録して、予想したほど稼げず業界を去っていくような
失敗が多いのが現実です。
それよりも、現実に冷めたネガティブな投稿を連発するキャンペーンを行なうことにより、
出来るだけ多くの人々を、社会保険労務士の業界に入ることをあきらめさせ、
現実に、今すぐにでも就職・転職できて、仕事して稼ぐ方向に誘導するのが目的です。


※過去の経歴
昭和62年春
九州地方の有名私大法学部卒業して、地元地方公務員上級職事務職として就職して、平成14年秋まで勤務。
平成16年秋
国家資格社会保険労務士試験合格
平成17年秋
社会保険労務士事務指定講習修了後、社会保険労務士会員登録及び開業
平成17年~平成22年
この約5年間、最大限努力するも顧問先ゼロ、ホワイトカラー系の就職活動50回位応募して、全部失敗、大学法学部・元公務員事務職・国家資格社労士の看板が、世の中に全然通用しないことを理解する。
平成20年夏頃、一旦は、福祉介護職へと転職活動する。
しかし、公的機関や職業紹介施設に、社労士への道をあきらめさせないために、表向きは変な理由をついて断られ、介護職への転職を断念して、社会復帰に失敗。
平成22年夏頃、
法学部卒・元公務員・国家資格の過去のプライドを捨て、宅配便深夜作業の仕事に転職。
なお、応募の時、ついに履歴書から「国家資格社会保険労務士」を外したのが、採用決定成功の秘訣である。
平成22年10月
宅配便深夜作業の仕事が長期継続の見込みがつき安心したので、地元社労士会退会して、
ようやく、7年半のニートでひきこもり生活から、
社会復帰して社会参加できるようになる。
以後、ブルーカラー系の「社会保険」に加入した「労務者」として現在に至る。

でも、社労士会を退会した者にとって、これからの人生を歩む上で、大事なことを
実感することになります。
「ただ、冷暖房完備の室内で、机の上で作業して、ペラペラしゃべるだけで高収入とは、考えが甘かった。
もうこれを教訓に、楽して稼ごうなんて、考えない。
人間は、体を動かして、額に汗して、頑張って働いて稼ぐことが、
これからの人生を歩む上で、大事なことです。」

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